スポンサーサイト

35才で動物看護師に転職して学んだこと【自己理解のすすめ】

life
スポンサーリンク

 

こんにちは、にゃんまゆげです。

このブログへきてくださってありがとうございます。

わたしは35才で動物看護師に転職しました。

それまでは、全く違う職種のアパレルデザイナーを10年ほどしていました。

今回は、動物看護師に転職して、経験し学んだことをお話しします。

HSP x アスペルガーグレーゾーン を認識する前のことです。

全く違うジャンルに転職を経験したことでたくさんのことを知り、学びました。

 

スポンサーリンク

動物看護師に転職した理由

(photo: Design work in BALI)

35才当時は、アパレルデザイナーとして企業と自営どちらでも

主に対人関係が原因で不適応を起こし

結婚も夫関係の人付き合いがうまくできずに悩んでいました。

“うつ”で治療を始めてしばらく経った頃です。

薬が合ったことで体調が安定してきて、また仕事してみようと思いました。

子供の頃から洋服以外で好きなことは何だっただろうと考えて

大好きな動物のためならがんばれるはず

そう思ってすぐに面接の応募をしました。

元々なんでも自分で決めてしまうタイプなので、誰にも相談せずに決めました。

スポンサーリンク

晴れて動物看護師になれた

募集をいろいろ探していて、”動物系の専門学校卒が条件”のところが多かったのですが

未経験OKのところもいくつか見つかりました。

その中で、HPや口コミなどを調べて直感で決めた動物病院に採用が決まりました。

まずは見学から、ということで翌日行くことにして、そのまま働きたい旨を伝えOKをいただきました。

スポンサーリンク

正反対の仕事体制

どんなことでも頑張ってやりきる。と決めていたのですが、かなり根性がいりました。

働き始めて、今までの仕事とは”正反対の仕事体制”だということに気がつきました。

デザイナーの時は”自分主体”でほとんどの仕事を進めていきます。

質問をする前に、”自分で考えた答え”を持って質問しにいきます。

経営者であり、獣医師の先生に大変お世話になったのですが

どんどん新しいことを教えられて、”全て指示通りに”動かないといけません。

一生懸命に覚えてできるようになろうと努力しました。

ですがどんなに頑張っても少しずつしか覚えられず

とうとう先生は痺れを切らして怒りました。

「できると思って教えてるのに、全然できてない。何のために教えてるのかわからない!」

「すみません、がんばります」としか言えません。帰り道で悔しくて涙が止まりませんでした。

その後も毎日怒られて、先輩にも怒鳴られてしまって。

メモをとるのですが、聴きながら書くのが難しくてへにょへにょの文字になります。

なかなか仕事が覚えられなくて、みんなから睨まれます。

挨拶はしっかりできて無遅刻無欠席だったのですが、”報連相が苦手”でなんども注意されました。

ある日先生に呼び出されて、「もうこれ以上は無理だと思うけど、やる気はあるの?」ときかれました。

わたし:「もちろんやる気はあります。がんばりたいです。でも、怒鳴られると怖くて、つらいです。そんな言い方をされても仕方ないのですが…」
(思ったことをそのまま言ってしまう)

先生:「そんな言い方?苦笑…まあやる気はあるのね。」

わたし:「だまっててすみません、”うつ”で治療して症状が良くなったばかりで、記憶力が落ちた気がします。」

先生:「そうだったの。それなら言ってくれないと。普通の35才だと思ってたから…」
(普通って何なんだろう?)

わたし:「すみません。がんばります。」

そうして毎日記憶がないくらい頑張りました。

それから1年が経ち、なんとか同僚たちと打ち解けられるようになりました。

別の先輩は「先生はいじめのようだった。わたしなら耐えられない」と言って励ましてくれました。

先生にも「頑張ってるよ、辛い時期は超えたでしょう?」と言ってもらえました。

スポンサーリンク

純粋で清き動物たち

働き始めて2年ほどが経ち、仕事も覚えて楽しめるようになってきました。

動物のことなら何でも苦になりません。

シュナウザーにガッツリ噛まれてしばらく肘下から全部痺れていましたが大丈夫。

怖かったから噛んでしまっただけです。

猫にも跡が残るほど深めに引っかかれましたが、怖がってただけなのでしかたないです。

末期癌で腫瘍からすごい匂いがしたり、どんなに汚れてても、率先してお世話しました。

一生懸命、生きることを諦めずにがんばっているのです。

吠えまくって、いかにも噛もうとしている子の対応もできました。

みんな怖がっているだけで、優しく話しかけたら伝わることが多いのです。

なんとなくですが、動物の気持ちがわかります。

純粋で清き動物たちが大好きです。

スポンサーリンク

飼い主さんの顔を見ていなかった

主に犬と猫の診察補助にはいっていました。

地域密着であり、遠方からの患者さんも多く、院長と先生は夫婦でどちらもとても人気の獣医です。

休むまもなくどんどん診察していくので体力的にも、とてもハードでした。

ある日院長に「飼い主さんの顔覚えてる? うちは動物病院だけどサービス業だから。あくまでも飼い主さん目線で。」と言われて気づきました。

全くと言っていいほど、”人の顔を見ていなかった”のです。

人に興味をもてなかったのもありますが、サービス業だとも認識していなかったし、動物の様子をみて補助することでいっぱいいっぱいでした。

そして看護師はチームで動いており、常に他のポジションがまわっているかを見て

”臨機応変”に動かなければならないのですが、それもなかなかできません。

電話対応では、機嫌の悪い飼い主さんにうまく応対できず、怒らせてしまってちょっと問題になってしまいました。

「まわりが全く見えてない」と何度も怒られました。

勤務時間外の夜に先生から着信があって、翌朝出勤した際にすごい剣幕で怒鳴られました。

「わたしはあなたよりどれだけ仕事が多いと思ってるの?もういちいちあなたを見てられない。わたしは子供も育てながら病院も経営してるのよ」

(そうは言われても、お給料は新入社員とほぼ一緒でわたしはカツカツ、あなたはとても裕福な暮らしぶり、子育ても社員のみんなにお迎えとかフォローしてもらってるからできてるよね…
わたしに子供がいないことはそもそもあなたに関係ない。わたしなりに努力して汗だくで頑張ってるのにどうしろと…)これが当時の本音でした。

スポンサーリンク

新入社員が入社して、混乱してしまう

4月になって新入社員が2人入ってきました。

ポジションの調整があって、わたしは小動物の診察補助を主にすることになりました。

小動物の診察補助は仕事の中でもとても難易度が高いです。

先生が求めている補助を察知してすぐに動かないといけない

小動物は処置でさえ命に関わるのでとてもピリピリして、一瞬も気を緩められません

何度も怒られながら懸命にがんまりました。

同じ頃、時間外に緊急ではないオペも入れられて、休憩なしで7時間ほど勤務することが続き

診察も以前に増して忙しくなる一方です。

そんなとき、新入社員のミスが多発してしまって、まわりが飼い主さんのフォローをしなけれまならないのですが

わたしはもう限界でした。自分がコントロールできなくなって、大きな声で「誰がミスしたのか」をその場で聞こうとしてしまいました。

場は凍りつきましたが、一旦業務を終えてから、先生方に酷く叱られました。取り乱したことが申し訳なくて情けなかったです。

翌日から数日間、無心で働いていました。先生方はわたしにとても冷たくなり、異質なものを見るようでした。

わたしが帰る前に、ウチの犬と猫の耳の洗浄薬と駆虫の予防薬を買おうと用意していました。

それを見て「何で勝手にしてるの?前もってわたしに相談して、”買わせていただいてもいいでしょうか?”って言うのが普通でしょう?しかもまだ勤務時間内なのに!」とまた怒鳴られました。

突然の残業や時間外オペもすすんで勤務してきたし、真面目に従事してきた。もうだめかも…

きーーーーーーん と頭の中が真空になったような、乖離に近い状態と思います。

翌朝、全身痛でベッドから起き上がれなくなって、”適応障害”と診断され、そのまま退職しました。

出勤できなかった日の夜、先生がうちのインターホンを鳴らしましたが、「怖い」としか思えなくてベッドに潜って震えました。

怖くて病院に行くこともできないので、ロッカーの私物は全て郵送してもらいました。

それから2ヶ月ほど痛みと倦怠感でほぼ横になって生活し、買い物も決死の覚悟で外に出る感じでした。

ようやく少しずつ元に戻ってきて、ブログ、twitter、instagram をはじめたという感じです。

スポンサーリンク

すべてを一段落して、今だからおもうこと

(photo: Design work in LONDON)

はじめは、”理不尽なことでも怒鳴ってヒステリックな先生がよくなかった”とばかり思っていました。メンクリの先生にもそう言って相談していました。

ですが今思うと、業務を覚えるのも遅かったし、周りを見れていない=チームとして仕事ができていない、臨機応変ができない、後輩のフォローさえできていませんでした。

自分の特性を全くわかっていなかったうえ「正反対の世界へ飛び込んでいた」と思います。

昔から自分で経験しないとわからないタイプで….  感覚と感性で生きているような感じです。

5年後、10年後なんてまったく考えられないし、30代後半になってから全く想像してなかった世界というか、違和感しかない…笑

今までは30までに結婚して、子供を産んで、絶対に離婚しない、幸せな人生。しか頭になかったので、今は全く新しい未知のレールを歩いてる感覚です。

とはいえ、もうとっくに自分が思い描いた人生とかけ離れているので、これからは無理に当てはめなくてもいい。

だったら、本当の意味で自分を知っていく人生、創っていく人生でいいじゃん。

そう思って生きています。

本当はとても不安だし、またいつ謎の闇が襲ってくるかもわからない。(子供の頃から闇が急に怖くなる)

ずっと知りたかった「生きる意味」そんなものはない。

ただ生かされているから、精一杯まっとうするしかないだけ。

この体は借り物で、魂は神とも、全ての生き物とも繋がっている。

そんな得体の知れない不思議なもののように思うのです。

 

つらかったけれど、動物医療の世界に携われたこと、

たくさんの動物の”尊い命”に寄り添えたことは、思い出すと少し震えるくらい素晴らしい体験です。

この経験はこれからの人生の糧となってくれると思います。

 

「わたしが死んでも誰も悲しまないとおもう」

とぼやいたとき、わたしの主治医が言ってくれたこと。

「あなたに関わったすべての人が悲しむと思うよ。」

どんな経験も関わりも、すべて確実にまわりに影響しあっている。

すべて意味のあることなのかなと思います。

 

どなたかの迷いや悩みを解くヒントになれたでしょうか…

この記事が少しでも寄り添えたら嬉しいです。

コメント

  1. […] 35才で動物看護師に転職して学んだこと【自己理解のすすめ】わたしは35才で動物看護師に転職しました。それまでは、全く違う職種のアパレルデザイナーを10年ほどしていました […]

タイトルとURLをコピーしました