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世間が知らない発達障害、当事者になった私【ギフテッドについて】

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こんにちは、にゃんまゆげです。

このブログへ来てくださってありがとうございます。

はじめは、趣味の読書や経験から得たことで

誰かの役に立てるようにと主に“HSP”の方に向けて発信してきました。

それから私の状況がどんどん変わってきて

HSPでうつ・適応障害 → 発達障害グレーゾーン → 大人の発達障害

という、夢にも思わなかった事態が起こりました。

これまで記事を読んでくださった方の中には

「あれ?」にゃんまゆげちゃんのブログってこんなんだったかな?

と思われたかもしれません。びっくりさせてすみません。

しばらく考えましたが、このブログは私の「ありのままのことば」を書いてきて

いつのまにかとても”大切なもの”になりました。

人生の変化を交えたことで、記事の内容も変わっていくと思いますが

気になるタイトルがありましたら、これからもどうぞよろしくお願いいたします。(ぺこり)

 

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発達障害ときいて、どうイメージしますか?

 

わたし自身、他の精神障害やAC(アダルトチルドレン)は疑っていましたが

発達障害だとは思いもしませんでした。

それは世間の多くが認識している「発達障害」が

恐らく実際のものとは違うのだと思います。

私自身がやったことは、まずtwitterASD(自閉スペクトラム症)/ADHD(注意欠如・多動症)の方の言葉を探しました。

関連の本を4−5冊読んで、いろいろとネットで検索もしました。

そこで感じたのは、「知的障害=発達障害」と思っていたのではないか。

今まで、さほど勉強で困難なことはなかったので疑っていなかったのです。

発達障害について、知的なことの”他にもある”ことを知らなかったので

調べるところまでなかなか辿り着けませんでした。

先日17年来の友人たちと話していて

私が「発達障害なんじゃないかと思うんだよね」と言ったら

友人たちは「え?全くそんなふうに思ったことないし、考えすぎだよ」という感じでした。

恐らく「知的障害=発達障害」の方をイメージしたのだと思います。

彼女たちに私の印象を聞くと

「こだわりがすごく強い」「思い立ったら突然行動する」
「考え方が少し変わってる」「話すことばが初めて聞くようなことも多い」

という感じで、いつも冷静で穏やかな友人も、私の話にご飯を「ぶーっ」と吹き出すほど笑ってくれるんです。

少し聞いただけでも、ASD/ADHDの特徴が入ってる。笑

そんな彼女たちにいつも救われています。

でも、お金がなくなって恒例だった誕生日プレゼントも渡せてないし、2人はちゃんと「好きなファッションのこと」を仕事にしていて

会うたびに少しずつ距離を感じます。2人で会うこともあるみたいです。

わたしは相手を大切にするのが不器用なので、少し不安で寂しいです。

 

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先生、忘れてなかったよね?と思う珍事件

 

先日、私はASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。

主治医は忙しい先生で、いつもすぐに診察が終わります。

ですが私は最近「自己分析」をもくもくと行って、ついに「発達障害(ASD)」にたどりついて確信しました。

診察の日、思い切って告げたら

3年前の資料を見直して「ASDの疑いありとあるね」とおっしゃいました。

(先生、患者さん多すぎて、最近はそのこと忘れて診察してたよね。笑)

と思ったのが本音ですが、私は好きな人はとことん好きなので、先生が私を元夫から守ってくれたのだと思っています。

(元夫は精神疾患は性格の問題と思っている人であり、お姑さんに知れたら何を言われるかわからなかったので。)

加えて先生は「IQが高いと、発達障害をカバーできてしまうところがあるから、一概には言えないのよ…」と言いながら頭ポリポリしていました。

「でも、日常でも仕事でも、どんなにチャレンジしても出来ないことが多くて、怒鳴られて、もうつらくてダメです。」

「ASDと診断してもらえないと、もう自分が何者かさえわからないです。」

というやりとりになりました。(IQは平均より高いというだけです。)

 

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病院からの帰り道、今までとは違う世界を見ているようでした。

 

”こころ”の準備はしていたけれど。

はじめは、先日の記事で書いたように

とても前向きで清々しい気持ちだったのです。

得体の知れない自分から開放されたのですから。

でもなんとなく、だんだん、ぐるぐる思考が忙しくなってきて

やっぱりそんなときは過去の言及が始まるのです。

あれもこれも、そうだったのね。と納得と衝撃が交互にやってきて

受け止めるのでやっと、という感じで少し疲弊しています。笑

頭が忙しいと、たいして動いてなくても体がすごく疲れます。

そんな思考の連鎖は、まだもう少し続きそうです。

 

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思い返せば、父もASD(アスペルガー)だと思うのです。

 

愛情表現がとても下手くそで、わたしは何度泣いたかわかりません。

きっと私の”母”以外の人は、実の子供であっても人というより”個体”と認識していそうです。

母のことはとても愛していると思います。(なんだかんだで母も同じく。)

昔わたしは母に向かって、「なんであんな人と結婚したのか全く理解できない」

と言ってしまったのです。私は少しパニックになると思ったことをそのまま言ってしまいます。

ひどいこと言ったなあ。すごく後悔していて今思い出しても胸が痛いです。

そういう私も父と同じASD(アスペルガー)だと思います。

ものごごろつくまで、その辺にいる人の価値がわからなかった、という感覚で

”一人ひとりに人生があって尊いもの”ということが理解できたのは成人になってからだったような気がします。

こんな当たり前のことがわからなくて

必死に「まわりを見て普通らしき感覚を学びながら」自分の人生に落とし込んでいたような感じがします。

小中高と、定まらない自分、本当の感情がわからない不安、偽りのような感覚に違和感を感じながら

みんなそうなのだと勝手に思っていました。

子供の頃、祖母に「キーキー虫がいるから病院で”ちっくん”してもらう」と連れて行かれました。

恐らく祖母の前では”癇癪”(かんしゃく)を起こしていたのだと思います。

父と母の前では、機嫌を取らないといけなかったので…

私の地元は田舎のヤンキーが半分以上いるような、祭命の地域でした。

私はヤンキーに目をつけられるし、嫌がらせされるし、祭りなんて全然好きじゃないし

なんでこんな地獄で生まれ育ったのか今だに全く理解できないのです。

祖父と祖母はなぜそこを選んだのか、父と母はその地域に別の家を買って住んでいるし

わたしは一生住みたくない大嫌いな場所なのに。

言葉遣いも悪いし、愛想も悪いし、邪悪でしかない。笑

この感覚の正体はいまだにわかりません。

(誰か教えてください。笑)

 

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子供のころから独りになれる場所がほしかった

 

うちは二世帯住宅でとても狭かったのです。

その地域では普通の家かもしれないけど。

ずっと独りになれる場所が欲しくて父を恨むほどでした。

尋常じゃないほど独りの部屋が欲しかったんです。

高校まで毎日二段ベッドで泣くほどイライラしました。

今思えばそれもASD(もしかしてADHDも?)だったからだと思います。

自分のわがままだと思いつつ、どうしてこんなに”感情が抑えられない”のかとてもつらかったです。

今まで気付く機会があったかもしれませんが、

父も母もわたしや妹の体調不良には無関心でした。

妹はずっといじめを受けてきたけど誰にも相談しなかった。

今は理解ある優しい旦那さんと幸せにしているのが救いですが、”双極性障害”です。

母は、祖母の認知症のときに攻撃されて”パニック障害”になり、

父は詳しくは聞いていませんが”うつ”で退職してから引きこもりです。

 

子供の頃、休暇には母の実家に帰省したり、普通の幸せな家族だと思っていました。

祖父も祖母も超働き者で定年後も働いているほどバリバリだったのに。

もしかしたら、祖母も発達障害だったかもしれない。

だとしても、もっと幸せを多く感じられる道はなかったのだろうか。

妹に対してもわたしは不器用で意地悪な姉でした。

大切にしたいけれど、うまくできない。

すごく大切に思っている人は何人もいるけれど

どうコミュニケーションをとればいいかわからない。

人を想う”こころ”がないわけではないんです。

 

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ギフテッド

 

発達障害は、いま”障害”という言い方が問題視される風潮があります。

心療内科の先生も「障害という言い方がよくないのよね」とおっしゃっていました。

脳の仕組みが少しちがって、エネルギーの出し方が調節できない。

豆電球の「直列」と「並列」のちがい

電池が2個あって「直列」だと1個より2個の方がより輝く

電池が2個あって「並列」だと電球はつかない

このようなことを図に書いて伝えてくれました。

理解しきれたかはわかりませんが、今後なにかにぶつかったときに役に立つような気がしています。

ASD(自閉スペクトラム症)ADHD(注意欠如・多動症)はどちらも持っている人もいれば

どちらかが強かったり、どちらも弱くもっている人もいます。

今読んでいる本には、”ADHDはASDと診断されたら持っている可能性が高い”と書かれています。

どちらも”弱い”と気付きにくいですし、生活に支障がなければ「障害」と診断する必要もないのです。

そのように、「スペクトラム」というほど強い弱い、広い狭いで多岐にわたっているものだそうです。

なかには”天才”もいます。偉人にも多いですね。

そんなふうに、「発達の特性を十分発揮できた人」にとっては”ギフテッド”となるのでしょう。

発達の特性=ギフテッド

わたしもそんなふうに捉えたいなあ。

20代で人生の恩師(社長)に出会って、思いっきりいろんなことさせてもらった。

理解ある恩師(社長)のおかげで、そのころはわたしの特性も”ギフテッド”だった

もう一度、そんなふうに発揮したいけれど

何をすればいいのかわからない。

経営とかお金とか難しいことはわからないから、どうしようかと思っています。

障害者雇用を視野に入れてはいるけれど

軽作業、清掃、事務作業 って! ぜんぶ向いてなーーーーい!笑

今までと同じ生活ができるか、すごく不安。

貧乏な生活は嫌だ! 犬と猫は絶対に手放せないから家賃は下げられない!(ペットOKは家賃が高い)

ともやもやしながら、いや、まだまだ調べたりないだけだ。

絶対に方法はあるはず!と自分を励ましています。

わたしのように、「大人になってから発達障害と知った」女性はいらっしゃいませんか?

もしよかったらtwitterで繋がりたいです。

すべての発達の特性がその人や家族にとっての”ギフテッド”になる世界になるといいな。

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