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不安は、未来への意志がそこにあることを示すもの【HSP・発達障害・グレーゾーン】

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こんにちは、にゃんまゆげです。

「他の人にできているのに、自分にはできないことがある」

 

と感じた事はありませんか?

ひとそれぞれ、得意、不得意はさまざまです。

今まで生きてきた人生の中で、不得意なことでもする必要がなかった人生ならば、なんの問題もありません。

もし不得意なことや、自分には難しいことが、人生において必要になった時にできなければ、とても困りますね。

 

人生が成功に向かっていると実感があるときは、うまく不得意を避けられているか、誰かにフォローしてもらっているか、
得意が評価されて、輝かしい光のさす場所で人生の素晴らしさを感じられることでしょう。

 

人の人生は長いです。いつだって成功し続けているというわけではありません。

その人生の波において、自分ができないことにぶつかって、波の下の深いところまで落ちてしまうこともあります。

もし人生の波の下の深いところまで落ちてしまったとき、どうすればいいのか。

一緒に考えていきたいと思います。

 

この記事を書くきっかけになった本はこちらです。

この本は、「自分を変える」のではなく、「やり方を変える」「環境を変える」「道具を変える」など、パーソナリティの外部にあるものを工夫して、生き延びる方法が書かれています。
個人的にはたくさん出てくるクマの挿絵もシュールでとてもすきです。

どうしようもなく”うつ”の底にいる人は、とにかく何もしないでください。
この本にはそんな方に向けたメッセージも書かれています。

 

”うつ”の底ではない方は、好きなページから読み進めても楽しい本です。

 

今回はいつもと違って【にゃんまゆげの人生編】が長めです。

もし私の体験記が長くて不快に思ったら、読み飛ばしてもらって大丈夫です。

 

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「失敗した経験」は自分を知る最高の材料 【にゃんまゆげの人生編】

まずは、少しわたしの辿ってきた人生についてお付き合いください。
これを読んで、少しでも元気が出る方がいたら嬉しいなと思って書きます。

わたしは小学校時代どちらかというと優等生で学級委員をしていました。
ですが、放課後のドッジボールで、ヤンチャな男子に顔面を当てられて、突然ブチ切れてしまって叫びながら男子を追い回してしまいました。

幼少期は、アリを踏んで遊んでいました。テレビの悪役は、みんな死んで当然の人が選ばれていると思っていました。
今思えばとても心が痛いです。どうして母は、もっと命の大切さを教えてくれなかったのか不思議です。そんな優等生と冷酷な子供が入り混じったような感じです。

 

服飾の専門学校では最優秀賞や特別賞をいただき、第二志望の就職先へ採用されました。
6年間努めました。得意な創作で、大好きな洋服を作ってたくさん売れました。
夢だった、仕事で世界中をまわることも叶いました。

人生の絶頂期でしたね。

ただ、そのころから人より身体が疲れやすいと感じはじめて、背中に慢性痛があり、幽霊を背負っているような感覚で毎日耐えていました。
それと、展示会での接客や、取引先へのデザイン提案の営業が本当に苦手でした。嫌でたまらなかったです。
このときは、デザイナー業務で評価されていたので、接客はちょっと免れてきたように思います。

 

そんなとき、交際していた彼の浮気で衝撃の大失恋、実家では祖母の認知症が悪化し、暴力と暴言で家庭崩壊の問題も重なりました。

私はボロボロになりながらも実家へなんとか逃げ帰ったのですが、父も母も祖母の問題で精神は壊れ始めていました。
意地でも仕事はつづけてやる!と頑張りましたが、力尽きてわたしも底辺へ墜落してしまったのです。

それから仕事を辞めて、母と2人で実家を出ました。
日にち薬で治るだろうと願いつつ、毎日ベッドで涙していました。

ある日、知り合いが働いているブランドでデザイナーとして呼んでもらいました。
そこは小さい会社で、人間関係が濃い職場でした。上下関係も厳しく、コピーすら遠慮して神経を使う場所で、全く馴染めずに半年くらいで逃げました。

人間関係につまづいてデザイナーもまた挫折して、落ち込み寝込んでいました。

その後友人の会社を紹介してもらえることになって、またデザイナーとして働き始めました。
そこでは他社への提案業務が多く、デザイナーがたくさんいたので、創作というより雑務だし、上司はキツいし、一年ほどで辞めてしまいます。

その後結婚してしばらく幸せでしたが、人間関係において夫と価値観が全く合いませんでした。
話し合いを重ねて、離婚します。

結婚している間に、犬服のブランドを立ち上げて、夫と長家の一室を借りて事務所と工房をつくりました。
犬服ブランドは2年ほどで成功の道を辿っていた最中に、隣人が嫌でたまらなくなり、いつも唐突に訪ねてくる姑も嫌で、また夫と人間関係で揉めて私だけ辞めてしまいました。

そのあとしばらく”うつ状態”になり治療を始めました。
「持続性気分変調症害」という診断で、10代から”うつ状態”を繰り返してきたことを認識しました。
カウンセリングは保険適用にならないので費用がかさみ、夫に「結婚する前に発症した病気なんやから親に払ってもらえよ」と言われて悲しかったです。

1年半治療をしてきた頃、もう一度スタートしよう!と決めたのが動物看護師です。
動物看護師は離婚後も続けて、2年がたったころ、全身痛でベッドから起きれなくなり”適応障害”の診断を受けて、退職しました。

動物が好きで、犬と猫と心が通う感覚がとても幸せです。
人より動物の役に立つ仕事なら、続けられるのではないかと希望を持って働きましたが、
チームプレー、要領良く素早くテキパキ、臨機応変な電話応対、臨機応変な役割判断、検査や処置の手順を覚えるのも大変でした。
毎日怒られて、睨まれながらなんとかやってきたのですが、新入社員が2人入ってきたときに混乱してしまいました。

遥かに年下の先輩方が、後輩指導と自分の仕事をこなしている中で、
私は後輩指導もできないし、後輩が入ったことで入れ替わった役割のチームプレーができなかったのです。
そこに、時間外にオペが入って急遽食事なしで残業したりが重なって、他のスタッフが普通に働けている意味がわからなかったです。
それでも、先輩は、「上司が私に一番キツく当たっていること」を気遣ってくれたり、「わたしがあなただったら辞めてるほど、上司はキツいと思う」とも言われました。
怒鳴られて何度も脳が、「ぽーん」と真空状態になってフリーズしましたが、最後に理不尽な怒鳴られ方をした時に限界に達したのでした。

 

わたしは、人と対面の仕事、人の指導、チームプレー、臨機応変な対応、などどうしても尋常ではない苦手さを感じることがわかりました。
日常生活では、整理整頓、料理、親族付き合い、人付き合い、あと、人(夫)のものを片付けることも苦手です。お歳暮とかお返しとか、年賀状もできなかったです。
(小さい頃から母は、友達を家に呼ぶことを禁止していて、母の机も一切触ってはいけないと言われてきたせいなのか、他人のものを動かすとか、自分のものを人に触られることも苦手です)

こうして生きてきて、「これから自分は避けたほうがいいこと」が見えてきました。
ただ、人とは関わっていきたいので、そこは慎重に関わる人のことを考えていきたい思っています。

友人は数人ですが、長い付き合いです。
私のことは”変わってるねー””その考え方独特やね”といいながらも付き合ってくれています。
結婚して夫を紹介した時は、友人3人が口を揃えて夫に”この子、大丈夫ですか?”といったときはみんなで笑いました。私は正直、「え、なんで?」と思いましたが。笑

 

こんなにも何度もチャレンジして、倒れては起き、をくりかえすことはただの”うつ”ではないように思うのです。
おそらく発達障害、もしくはグレーゾーンではないかと思います。

 

どちらにしても、”うつ”や”発達障害”と共に生きていかなければなりません。
おそらく治すこと(うつの前の状態に戻ること)はできないし、うまくできなかったことも含めて、自分で自分を一番認めてあげたいと思います。

そうしなければ、悲観的に思い詰めたって仕方ないですよね!
千差万別の人生があるわけです。

自分だけではなくて他にも涙を拭って頑張って生きている人がいっぱいいるので、
すこしでも自分の人生を活用しながら、生きていけたらいいですね。

 

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「一発逆転プラン」は挫折しても良い、1ミリの階段をコツコツ登る

 

人生で転落してしまって、「はーこれからどうやって生きていこう…」というとき。
人は「一発逆転プランを」考えてしまいます。

私の場合は、思い切ってMacbookを買ったこともそうですし、プログラミングスキルを身につけてエンジニアになる!と真剣に考えていました。

早速Macbookが届いて、勉強し始めたのですが、記憶力がまったくなくなっているのです。
後で知ったのですが、”うつ”になると「恐ろしいほどに思考力が低下するし、記憶力も低下する」そうなのです。
やればできるでしょ!とプランを考えたものの、現実は遥か遠い道でした。
残念でしたが、波に争うパワーさえないです。

そうして、私は「コツコツ積み上げる」ことにしました。
体調に波があるので、毎日はできなかったのですが
自分のペースでコツコツ、記事を積み上げていこうと思います。

 

私の場合、食器を洗うのが苦手でしたが、それがあまりに二次的ストレスなので、朝起きてやる優先順位を上げました。
そして、ブログは朝食後の最高の状態で始めます。昼食までの午前中です。
どうしても過集中になるので、自分にとって一番コンディションのいい時間帯を知って、行っています。
疲れやすいので、今は午前に頭をフル活用したら、午後はスリープモードです。
何かと扱いにくい自分ですが、うまく付き合っていけるよう試行錯誤しながらですね。

 

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不安は、未来への意志がそこにあることを示すもの

 

不安になるというのは、誰しも感じたことのある感情ですね。
わたしもよく不安に押し潰されそうになりながら生きてきました。

今も不安は感じますが、そんなときは「今、ここ」に集中するようにしています。
不安になって何かいい行動ができるならいいですが、
不安になっても仕方がない時の方が多いです。
そんな時は「心ここにあらず」になるより、「今、ここ」で目の前のことをする、しかないですよね。

そして、この本に書かれていることでとても心が反応した言葉があります。

「不安は、未来への意志がそこにあることを示すもの」

著者がなにげなく書いた一文のように記されていましたが、わたしにはとても響きました。

転がり落ちて、「あーもうどん底だ…地上が見えないほど遠いし、光さえ届いてこないよ…」と思った時には、
やっぱり膨大な不安の闇に押し潰されそうでした。

そんなときでさえ、不安に感じている自分は、未来への意志があるんだな。と思えたら、自分、やるじゃん(涙) と愛おしくなると思いませんか。

私は40代、50代、それ以降の人生を想像できませんでした。

こんなにもつらい人生ならもう終わりが近いのかもな、と思っていました。

でも自分は未来への意志があるんだな、と感じられたことをとても良かったと思います。

 

この本にはまだまだたくさん、面白いことが書かれていますが、
ちょっと長くなったので今日はここまでにします。

こんなふうに、ちょっといい思考法や、心が反応する素敵なことばを見つけながら、
すこしでも心穏やかに生きられたらいいなと思います。

この記事があなたにとって、何かいいきっかけになれたら嬉しいです。

 

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