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「眠っている時の夢」自律神経の呼応による夢の話【夢=浄化だとおもうこと】

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こんにちは、にゃんまゆげです。

みなさんは、「眠っている時の夢」についてどう思いますか?

わたしは「夢」をとてもよくみます。正確には、”よく覚えている”の方がいいかもしれません。

しかも、鮮明に。

そして、前日や寝る前の出来事、考えてたことには一切関係なく

突然、脳に現れます。

そんな、不思議で魅力的な「夢」について、にゃんまゆげの視点で考えていきたいと思います。

 

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なぜ人は夢をみるのか

 

「夢」への科学的な研究が始まってから、約80年が経つそうですが、未だ解明されていないことが多いようです。

「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」を繰り返しながら、夢をみていることは証明されています。

目覚めた時に記憶に残っているのは「レム睡眠」中にみていた夢です。

「自律神経活動が呼応するように起こる整理活動の一環」でもあるとのことです。

また、レム睡眠中は視覚・情動・記憶などへの処理活動が行われるため、脳内で活発に各部位が活動することもわかっています。

とはいえ、哲学者や科学者、医者もさまざまな意見があったりしますが、現段階では未解明だらけです。

わたしたちが興味深い「夢」の正体は謎だらけということなんですね。

 

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「夢」をみる理由の仮説

 

夢をみる理由には、学んだことの整理、シュミレーション、記憶の暗号化などの諸説あります。

夢に関する研究は夢学(ユメオロジー)と呼ばれ、「夢の解釈」や「夢のコントロール」を目的に夢のメカニズムの探究が行われてきました。

代表的な仮説の一つは、20世紀初頭にオーストリアの精神科医で精神分析学者でもあるジークムント・フロイトが唱えた説です。

フロイトは人々の夢を分析した結果、夢は”満足したという願望の現れ”だと仮説を提唱しました。

怖い夢も含めて睡眠時に見る夢は、”望んでいる何かを映し出したものである”という仮説です。

このフロイトの研究は現在でも多くの研究者から指示を受けているそうです。

 

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私たちを恐怖に陥れる「怖い夢」

 

「怖い夢」をみて、はっと目が覚める。

しばらく現実か夢かわからなくなって、布団の奥に潜り込んだことはありませんか。

私は一時期「怖い夢」「悪夢」をしょっちゅうみていました。

仕事が忙しい時や、ストレスや悩みが多い時に多くみていた気もします。

舞台は幼少期の家族や、学校だったり、どうやったらこんなに怖い映像が生まれるの?って思うほど、恐ろしいものもありました。

合わない睡眠薬(ベルソムラ)の副作用で”悪夢”をみたときも恐ろしかったです。すぐに医師に相談して別の薬に変えました。

 

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「夢」=浄化だとおもうこと

 

「怖い夢も、幸せな夢も、みんな脳が自分のために一生懸命整理して、少しづつ最良の形で浄化してくれている」

にゃんまゆげはこう思うのです。

健全な場合、過去の記憶はだんだんと美化されていきます。

どうしても、こぼれ落ちてしまって美化されない”トラウマ”もそこに残ります。

トラウマとなってしまった記憶は、夢の中では悪い方に誇張されることもあります。

そんなときはきっと、脳が一生懸命に過去の出来事と戦っているのだと思います。

 

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この記事を書くきっかけとなった「夢」について

私の家族は、機能不全だったと思います。

*共感が強い方や、すこし寂しい場面もあるので、読み飛ばしてもらっても大丈夫です

そんな家族の、祖母のこと。

わたしはおじいちゃんおばあちゃん子だったので、いつも遊んでもらっていました。

大好きでした。でも、祖母はいつも祖父に怒鳴ってばかりで、近所付き合いも不仲です。

戦後に生まれて、兄弟が多く大家族で生き抜いてきて、とても気の強い、他人を信用しない人でした。

でもわたしにはとても優しかったのです。そして祖父のこともきっと大好きでした。

あるとき祖母はわたしに 「頭がボケたらお母さんに苦労かけるね。ボケたくないね。」と言ったのを覚えています。

そして年月が経ち、わたしは19歳で家を出て、離れて暮らしていたときのこと。

祖母の認知症がすすんで幻覚幻聴の症状が悪化しました。

母に暴言や暴力を振るうようになって、大変なことになり、警察の方にもお世話になって、家庭崩壊しました。

わたしも祖母に暴言を吐かれ、売り言葉に買い言葉。最後に交わした会話がそれで、ずっと悔いが残っていました。

数年後、わたしが結婚すると父から話した翌日に、机にわたしへのお祝いを置いて、祖母は遠くの天に旅立ちました。

それから、祖母への後悔もあって、悪夢を何度もみました。

 

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最後に行き着くのは「愛」であり「感謝」なのではないか

そして今朝、とても久しぶりに祖母の夢をみたのです。

祖母はとても若々しくて、優しい佇まいでした。

わたしに笑顔で話しかけてくれました。

祖父にも何か笑顔で優しく手助けをしていました。

すると、ふっとどこかへいかなければならない様子になったとき、

わたしは大泣きしながら、「ありがとう。だいすきだよ!」と言えました。

祖母は微笑みながら、遠くへ行ってしまいました。

 

朝いつもより早く目覚めて、体の中と脳がなにかにじゅわーっと満たされていくような感覚がしました。

今まで複雑な思いがあったのですが、今は感謝と愛しかないです。

早くまたどこかで会いたいです。

 

こうして、「夢」によって浄化されていくのだと思うのです。

わたしは自分の心と身体が別のもののように感じるし、人を心の底から愛したり、信じることができない。

でも、すこしづつ変わってきてる。

一番近くで影響を受けた家族から、認知の歪みが生じてしまったとしても。

最後に行き着くのは「愛」であり「感謝」なのではないかと、少し感じられた気がします。

 

みなさんの「夢」について、何かすてきな”気づき”になれば嬉しいです。

 

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